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2009年8月15日 (土)

長谷川正安(しょうあん)お別れの会

偉大な憲法学者長谷川正安先生のお別れの会が催され、じゅんこさんと一緒に出席した。亡くなったのは一昨日、その日のうちに名大の本先生(長谷川ゼミの3代目)からメールで訃報が届いた。http://www.asahi.com/obituaries/update/0813/NGY200908130005.html

長谷川先生の直弟子である森英樹先生が海外出張からなんとか帰ろうと手段を尽くしたが間に合わず、さらにその後の名大憲法講座を引き継いだ本秀紀弔辞を代読した。

長谷川先生は学徒動員の経験を持ち、戦後の新憲法制定直後に新制名古屋大学に入られ憲法を研究した。今日の送る会はそのころからの研究者、ゼミ生が呼びかけ、あいさつにたたれた。学士院、民法協、日本科学者会議など各研究組織のトップクラスの先生が「日本の法体系は憲法と安保という二つの相対立する体系の矛盾の中にある」「研究と実践を同時にすすめる」ことなど戦後憲法研究の最先端を聞く機会となった。

 ノーベル賞の小林・益川理論を生んだ坂田先生が提唱した物理学教室憲章に学んで法学科でも同じような民主的運営を決め、これが将来の名古屋大学憲章に発展して行ったことも沢田名誉教授の話で聞いた。

長生き競争をしていたという同じ年の畑田重夫先生は名大法学部教授会のころの話をされた。経済学部の水田洋先生に挨拶したら「長谷川はおれより4つも若いくせに先にいった」と残念がっていた。

私たちも先生達もみんな「長谷川しょうあん」と呼び、有名かつ親しまれた先生だった。憲法がこれからの日本のあり方を左右する。敗戦の日、8月15日にお別れの会を催した長谷川先生は「戦争を忘れるな、憲法を守れ」と私たちに言い残したのかもしれない。 

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