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2013年5月 9日 (木)

順子さんと福島へ

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 先の市議補選では順子さんにたいへん大きな支援を頂きました。公選法でお礼はかけませんが9400票ものご支持をいただきました。次回は必ずの思いで引き続き頑張っていきます。

 さっそく連休は放射線のカウンターを持って福島を訪問し、コープ福島労組の後藤書記長に被災地を案内してもらいました。

放射性物質は右図のように原発から北西方向に広く分布し、中通りの伊達市でもホットスポットが数多く見つかり、除染した土を集める「仮置き場」があちこちにありました。農作物への影響が続き、名産の安保柿は昨年も出荷できませんでした。柿の木は高圧洗浄機で皮をはがれて痛々しい状況でした。

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伊達市からは右図の上の白い部分を通って東側の相馬市へ。そこから6号線を南下して南相馬市の黄色い部分に入りました。黄色い部分は線量が低く今後避難が解除される予定ですが、この二年間放置されてきました。津波の爪跡がまざまざと残っています。

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さらに浪江町に入って赤線の警戒区域にまで行きました。福島原発(→)からは2~3キロの近くですが、線量は高くありません。その後駅前や町のなかを見て回りました。駅周辺までは線量も低く日中は家に帰ることができるようになりました。しかし2年の間、壊れた家もそのままで、壊れていな

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くても家の中はグシャグシャです。住めるようになったとしても水道も下水などのインフラだけでなく学校や病院、スーパーなどがなくては生活できません。こんな状況で避難指定を解除され、補償を打ち切られてはたまりません。原発に万が一のことがあれば直ちに逃げなくてはなりません。後藤書記長は「これまで帰宅を認められた地域でも帰ったのは2割だけ」と言っていました。

政府は避難指定解除をいそいでいますが、これは補償をできるだけ少なくするためです。一つの線で区切るのではなく帰宅を認める地域であっても「避難する権利」も認めてきちんと補償を行うべきです。

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