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2016年11月22日 (火)

名古屋城は市民による戦後復興のシンボル

河村市長は自分が殿様になりたいのか、500億円もかけて名古屋城の天守閣をつくるのに執着しています。
いっぽう、名古屋城は市民のお金で再興させたものだから壊してはいけないと声がでています。

 天守は壊してはいけません。戦火で焼け野原になって12年、ものづくり名古屋の復興のシンボルです。先の大戦では、300万人もの日本人がなくなりました。生き残った名古屋市民はガムシャラに働き、天守閣復興の寄付を喜んでしたのでした。2億円もの大金が集まりました。大阪城天守閣(S.6年)はコンクリート製であり延焼を免れたことから、二度と燃えないコンクリートとし、忠実な外観復元がされました。
「お殿様気分で、名古屋を展望しよう」と、親父は5歳の私の手をとり、祖父母を案内しました。当時はエレベータがまだ珍しく、石張りのエレベータホールも親父の自慢でした。戦死した親父の兄にも見せたかったと祖母が呟きました。戦争の記憶は、広島の原爆ドームだけでなく日本中にあります。外装修理、耐震補強にともなう内装改修をしても、私たちの世代で戦後復興のシンボルを風化させてはいけません。
こんなビデオもありました。
これを取り壊す「新ゴジラ」は

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